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ミステリー・推理小説で描かれる遺言・相続問題の違和感 [雑感]

遺言・相続の問題って、ミステリー・推理小説を読んでいるとよく出てきますよね。

しかし、遺言・相続問題をストーリーに強引に当てはめたために、現実に考えると、ちょっと違和感を感じる場面が多々あります。

と言うのも、私は以前、法律関係の仕事に就いていて、遺言・相続問題を業務として扱っていましたので、どうしても気になってしまうのです。

例えば、前回記事に書いた「あの頃の誰か」に収録されている「シャレードがいっぱい」を読んで感じた遺言・相続問題の違和感を書いてみたいと思います。

ちなみに、「シャレードがいっぱい」の簡単なあらすじは…

①大金持ちの社長が2通の遺言書を作成している。
②そのうち、後に書かれた1通が盗まれる。
③盗まれた遺言状が発見される。
④しかし、その遺言状は改ざんされていた。

そして、私が感じた違和感は…

まず、大金持ちの社長だというのに、遺言書を公正証書遺言で作成されていない。

公正証書遺言で作成されていれば、原本は公証人役場で保管されているので、盗まれても問題ありませんからね。

しかも、自筆証書遺言ですら書かれていない。

本文を読んでみると、盗まれた遺言書が発見された時、紙ぺら1枚で内容も読むことが出来るようでした。

どうやら、盗まれた遺言書は、封書に入れず封印もされていなかったよですので、自筆証書遺言ですらなかったようです。

私は、顧問弁護士を雇っている大金持ちの社長が、公正証書遺言でも自筆証書遺言でもなく、紙ぺら1枚に遺言を書くなんて、現実的にありえない話しだと思ってしまいました。

そのくせ、小説の中に「遺言の検認」や「遺留分」の説明などを記載しており、
遺言・相続について、どうも中途半端に書かれているような気がしてなりません。

まあ、ほとんどの読者は気にするような問題ではないと思いますけどね。



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